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東京地方裁判所 昭和35年(ワ)2954号 判決 1962年3月13日

原告 大西現治 外一名

被告 深川自動車株式会社

主文

被告は、原告現治に対しては、金一一七、五一七円及びこれに対する昭和三五年四月二三日から支払済まで年五分の割合による金員を、原告松子に対しては、金一四七、五一七円及びこれに対する昭和三五年四月二三日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告等のその余の請求は棄却する。

訴訟費用は、これを三分し、その一を原告等の、その余を被告の負担とする。

この判決は、原告等勝訴の部分に限り、原告等においてそれぞれ金五万円の担保を供するときは、それぞれ仮に執行することが出来る。

事実

原告等訴訟代理人は、「被告は、原告現治に対し金二九八、四二六円、原告松子に対し金三九八、四二六円、及び各これに対する本訴状送達の翌日である昭和三五年四月二三日から右支払済まで各年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、その請求原因として次のとおり述べた。

一、被告は自動車による一般旅客の運送を業として営む会社であるところ、被告会社の被用者である自動車修理工(運転免許者)塚田仁(当時二二歳)は、営業中に故障を生じた被告会社所有のタクシーの修理に赴いた帰途被告会社に帰るため、昭和三三年四月五日午後三時頃、被告会社所有のトヨペツト五三年式自家用小型四輪乗用自動車(車両番号五は一九一六号)を運転し、東京都墨田区緑町一丁目三〇番地先道路(幅員一七米の電車通り)を、厩橋方面(北方)から森下町方面(南方)へ時速約四〇粁で進行中、同番地交叉点附近で、右斜め前方車道中央電車軌道敷上を自転車に乗つて反対方向から来て、その交叉点を右折進行しようとしていた亡大西鍬吉に衝突し、鍬吉は同所に転倒し、全身打撲兼左大腿骨開放性骨折の傷害を負つた。鍬吉は、直ちに東京都墨田区横網町二所在の同愛記念病院に入院して、治療を受けたが、昭和三三年四月一七日、前述の傷害が原因となつておこつた気管支肺炎のため死亡するに至つた。鍬吉は当時六〇歳四月であつた。

二、よつて、被告会社は、自動車損害賠償保険法第三条の規定により、その事故に原因する鍬吉の死亡によつて生じた損害を賠償する義務がある。

三、仮りに、自動車損害賠償保障法による請求が認められないとしても前述の事故は運転者塚田仁の過失によるものである。すなわち、同人は、自動車運転者として、前述のような交叉点附近で右手前方約二一米の地点に反対方向から進行してくる人車を発見したときは、その人車が交叉している道路の方へ右折のため自己の進路上を横切ることがあることを考慮し、特にその人車の動向に注意し、その動静によつては除行または一時停止して安全を確認した上で通過すべき業務上の注意義務があるのにも拘らず、これを怠り鍬吉は直進するものと軽信し、従前と同一速度の時速約四〇粁で、慢然同人の左側を通過しようとしたため、同人との距離約一四米に迫つて、同人が左方に向つて右折を開始したのを遅れて気付き、初めて危険を感じ転把急停車等の措置を講じたが及ばず、自己の車前部ボンネツト辺等を同人及びその自転車左側辺に衝突させて同人をその場にはね飛ばし、よつて同人に全身打撲兼左大腿骨骨折の重傷を蒙むらしめるに至つたものである。

四、そして、塚田仁が当時被告会社の被用者で、被告会社の業務中であつたことは、前掲一に述べたところで明らかである。

五、従つて、被告会社は民法七一五条により、この衝突事故によつて生じた損害を賠償する義務がある。

六、この衝突事故によつて、原告等が被告会社に対して有する損害賠償請求額は次のとおりである。

(一)  原告現治の請求権額

(イ)  金二四八、四二六円 大西鍬吉の得べかりし利益の喪失による損害賠償請求権を相続したもの

大西鍬吉は長年健築金物商を営んでおり、死亡の当時における営業による収益は毎月平均金一五、〇〇〇円以上であつた。そして、同人は住宅、店舗及び宅地を所有していたので、原告両名から支給を得ていた食費以外の生計費を控除して、毎月平均金一〇、〇〇〇円以上の純益があつた。

同人は死亡当時六〇歳四月で昭和二九年七月厚生省発表による日本人余命表によると同人は、少くとも一三年の余命を保つことができた筈である。

亡大西鍬吉の妻は既に亡く、原告両名は、ともに同人の養子で、得べかりし利益の喪失による損害賠償請求権を相続取得した。たゞし、原告両名は、鍬吉の生前、共同して、同人に対し毎月金三、〇〇〇円の食費を支給していたから、同人の死亡によりこの食費支給を免かれた。

また、原告らは、自動車損害賠償保障法による保険によつて、この得べかりし利益の喪失の損害に対し、金一六四、九六五円の賠償を得た。

よつて、原告現治が現在有するこの損害の賠償請求権の金額は、ホフマン式計算法により中間利息を控除した額金六六一、八一八円(端数切捨)より前記金一六四、九六五円を控除し、残つた金四九六、八五三円を二で割つた金額金二四八、四二六円(端数切捨)である。

(ロ)  金五〇、〇〇〇円 慰藉料

原告現治は、幼時から亡大西鍬吉の養女となつていた原告松子と昭和二二年七月婚姻するとともに、鍬吉と養子縁組をしたものであるが、養父鍬吉死亡により、精神上の苦痛を受けた。その慰藉料額は金一〇〇、〇〇〇円を相当とするところ、原告現治は、前示保険によつてそのうち金五〇、〇〇〇円の賠償を得た。したがつて、残額は金五〇、〇〇〇円である。

(二)  原告松子の請求権額

(イ)  金二四八、四二六円 大西鍬吉の得べかりし利益の喪失による損害賠償請求権を相続したもの

この内容については、先に原告現治の有するこの請求権について述べたところと同じである。

(ロ)  金一五〇、〇〇〇円 慰藉料

原告松子は、一三歳の頃から亡大西鍬吉に引き取られて養育され昭和二二年七月同人と養子縁組をしたものであるが、養父鍬吉の死亡により多大の精神上の苦痛を受けた。その慰藉料額は金二〇〇、〇〇〇円を相当とするところ、前示保険によつてそのうち金五〇、〇〇〇円の賠償を得た。従つて、残額は金一五〇、〇〇〇円である。

七、よつて、原告等は、被告会社に対し、原告現治については右損害賠償請求権金二九八、四二六円、原告松子については同金三九八、四二六円、及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和三五年四月二三日から支払済まで、それぞれ年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだ。

被告の抗弁は否認すると述べた。

被告訴訟代理人は、「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求め、請求原因に対する答弁として次のとおり述べた。

(イ)  被告会社の営業目的その被用者である自動車修理工(運転免許所持者)塚田仁(当時二二歳)が、原告等主張の日時(但し時刻は午後五時半頃)、目的で、原告等主張の自動車を運転し、厩橋方面から森下町方面へ進行中、反対方向から自転車に乗つてきた大西鍬吉と、原告等主張の地点で衝突したこと、(ロ) 鍬吉が、この衝突事故によつて、全身打撲兼左大腿骨骨折の傷害を受け、直ちに病院に入院して治療を受けたこと、(ハ) 鍬吉が原告等主張の日に、病院で死亡したこと、(ニ) 塚田仁は被告会社の業務執行中に本件衝突事故をおこしたこと、(ホ) 原告等が大西鍬吉の養子で相続人であること、(ヘ) 大西鍬吉の死亡当時の年令及びその平均余命が原告らの主張のとおりであること、(ト) 原告等がそれぞれ主張のとおり事故の損害を保険によつて得たことは認める。本件衝突事故によつて大西鍬吉が死亡したこと、塚田仁に原告等主張のような注意義務の懈怠があつたことはいずれも否認する。鍬吉の死亡は、本件事故による傷害とは因果関係のない病気によるものである。

抗弁として次のとおり述べた。

本件衝突事故の発生原因は、<1> 塚田仁には何らの過失もなく <2> もつぱら鍬吉の過失によるものである。

すなわち、塚田は、原告等の主張するように森下町方面に向つて、時速約四〇粁の速力で進行中、原告等主張の交叉点にさしかゝつた際、鍬吉が、自転車に乗つて反対方向から道路の中央電車軌道上を進行してくるのを認めた。この場合、交叉点では、塚田の側に優先通行順位がある(昭和二二年法律一三〇号昭和二四年法律一〇七号道路交通取締法第一八条の二参照)ので、塚田は、そのまゝ進行しようとしたが万一鍬吉が順位を守らないで右折するときは衝突事故を惹起する可能性があると思つたので、すぐに警笛を鳴らした。鍬吉は、この警笛に気付いて塚田の方を見たので、塚田は、いつでも急停車が出来るように制動機上に足をのせて直進しようとした。

ところが、鍬吉は、突然右折をはじめたので、塚田はすぐ急制動の措置をとつたが、舗装してある路上を八・五米スリツプして鍬吉の自転車と衝突したのであつて、塚田は万全の注意を払い十分な処置を講じたもので、何ら過失はなく、鍬吉は交通法規を無視して、電車軌道敷内を慢然進行したり、反対側から進行する自動車の進路に突如進入する等重大なる過失をおかしたものである。

また(3) 塚田の運転した自動車には、構造上の欠陥又は機能の障害はなかつた。

二、被告会社は塚田仁の選任及び監督については、相当の注意をなしたものである。

被告会社は、昭和二八年九月頃塚田を修理工として採用し、修理業務に従事させていた。ところが修理工は、被告会社の修理工場においてだけでなく、会社外で営業中の被告会社の自動車の修理のため現場に派遣しなければならないことがあるので、塚田にも、昭和二九年五月二二日自動車運転の普通免許を得させた。

しかし、被告会社は、免許を得させた後も、未熟のためによる事故の発生を予防するため、出張修理の場合は、老練な修理工に運転させ、塚田を助手として勤務させた。塚田が出張修理のため、自ら自動車を運転したのは、昭和三二年中頃からのことである。

塚田は、本件の事故の当時まで、既に四年余の自動車運転の経験があり、従来一回も事故を起したことはない。同人は被告会社の修理工七人のうちでも第三位に老練な修理工である。

被告会社は、修理工の勤務時間を午前八時から午後四時三〇分までとし、過重労働となり、疲労その他による事故をおこさないよう、特に十分な注意監督をしていた。従つて、被告会社には責任がなく、原告等の請求は失当である。

三、また、もし、被告会社が鍬吉の傷害について損害賠償義務を負担するとしても、其責任の範囲は被害者たる大西鍬吉の傷害の範囲に限定さるべきものであり又前述の如く鍬吉の側においても、本件衝突事故について重大なる過失をおかしているから過失相殺を主張する。<証拠省略>

理由

被告会社の営業目的その被用者である自動車修理工(運転免許所持者)塚田仁(当時二二才)が昭和三三年四月五日、被告会社所有のタクシーの修理に赴いた帰途被告会社に帰るため被告会社所有の小型四輪乗用自動車を運転し、原告主張の地点で訴外大西鍬吉に衝突し、そのため鍬吉が左大腿骨骨折兼全身打撲の傷害を受け、直ちに同愛記念病院に入院し治療を受けたが、同月一七日同病院で気管支肺炎のため死亡したこと、原告等が大西鍬吉の養子で相続人であること、大西鍬吉の死亡当時の年令及びその平均余命が原告等の主張のとおりであること、原告等がそれぞれ主張のとおり、本件事故の損害賠償を保険によつて得たことは当事者間に争いがない。

次に被告は本件事故と大西鍬吉の死亡との間の因果関係の存在を否認するので本件死亡が前記被害者の傷害を原因として引き起されたものであるか否かに付判断するに

鑑定人青木虎吉の鑑定の結果及び証人佐藤有秀の証言によれば骨折によつて皮下組織が壊され、そのため皮下脂肪が血管に吸収されて血行し、それが、末梢に出て来て、動脈や肺胞に引つかゝり脂肪栓塞を起すことがあり特に本件の如き開放性骨折の場合はもつとも脂肪栓塞を起し勝ちであり、肺に栓塞を生ずれば、壮年者にあつては、それのみでは直接急性(気管支)肺炎を起すものではないが、高齢者にあつては、既に慢性気管支炎や血液の循環障害などを持つていることが多く、そうでなくとも、生体の生活反応に乏しい上に、長期の臥床によつて運動不足や衰弱が、加われば気管支肺炎の発病を容易にすることは通常起り得ることが認められこれを証人佐藤有秀の証言によつて真正に成立したと認められる甲第七号証の死因に関する意見書、成立に争いのない甲第九号証の十三及び証人佐藤有秀の証言と綜合して考えれば、被害者大西鍬吉の肺胞壁に脂肪滴が認められ、同人が死亡当時六〇才の老齢にあり、既に血液障害を有していたこと、長期に亘つて臥床を余儀なくされていたこと等から、本件事故による大腿骨骨折により気管支肺炎を惹起せしめたものと認定するに難くなく、鍬吉が潜在的に気管支肺炎を促進せしめる原因を有していたかあるいは外部的誘因が存したか等は本件事故による骨折と合して、気管支肺炎を誘発せしめたことに関するのみであつて、鍬吉の死亡が本件事故により、通常事情に基く侵害として生じたとの認定を左右するものではない。

然らば本件事故と前記被害者の死亡との間にはいわゆる相当因果関係が存するものと認めるを相当とし其他前記認定を覆すに足る証拠はないから此点に関する被告の主張は採用できない。

被告は、被告会社及び運転者たる訴外塚田は、自動車の運行に関し、注意を怠らず、かつ被害者大西鍬吉に過失がある旨主張するので按ずるに成立に争いのない甲第九号証の五、六、八、十四、及び証人塚田仁、(後記措信せざる部分を除く)同古川雪の証言によれば、本件事故現場の交叉点は車道幅員一七米の南北及び東西に通ずる道路が直角に交叉し、衝突事故のあつた南北に通ずる道路は歩道四米、車道一七米で、アスフアルトで舗装され、車道中央には約六米の軌道敷石があり道路は直線平坦で、前方に対する見透は極めて良好であり、交通信号燈はなく、本件事故発生時は晴れており、当時車の交通もさほど頻繁ではなかつたことが認められる。このような状況のもとにおいて、右手前方電車軌道上に鍬吉が対向して自転車に乗つてくるのを認めたとき、直ちに警笛を鳴らして同人の注意を喚起し、かつ速力を減じて、何時でも急停車して、事故を回避しうるような態勢をとるべきであり、本件の如き交叉点附近にあつては、たとえそれが交通規則違反としても、対向の自転車が右折のため自己の進路上に現われることは充分に予想されるところであるから、同人の進行にはよく注視しその進路を確認しうるまで避譲ないし一時停止しうるよう万全の処置をとるべきであるにかゝわらず、成立に争いのない、甲第九号証の一、六、七、八、一四及び証人塚田仁、同古川雪の証言によれば、塚田仁は二一米程先に鍬吉を認めながら慢然と時速約四〇粁のまゝで進行し、一四米程の間隔になつたとき、鍬吉が右折するを認めて、あわてて警笛をならし直ちに急停車の措置に出てたが、遂に鍬吉の身体に自己の運転する自動車を衝突させるの止むなきに至つたと認められ、これに反する証人塚田仁の証言部分は措信し難い。一方前記証拠によれば、当時鍬吉は、本来自転車の進行すべきでない幅員一七米の道路の中央部の電車軌道の中間を進行し前方を進行している本件自動車の地点速度進行の方向等を十分に確かめず道路交通規則(昭和二二年法律一三〇号昭和二四年法律一〇七号道路交通取締法一四条四項一八条の二)に反して、交叉点前で不意に右折進行したとの事実が認められ従つて、本件交通事故は鍬吉の過失が競合していたとはいえ、塚田の過矢に基くことを否定出来ないから被告は他に自動車損害賠償保障法第三条但書の免責要件の立証がない本件に於て自己のために自動車を運行の用に供する者としてその運行によつて生じた損害賠償の責任を免かれることはできない。

次に原告等の受けた損害額については、成立に争いのない甲第二、第三、第四、第五号証、乙第一号証及び証人田中七郎の証言により真正に成立したことが認められる甲第七号証並びに原告大西現治、同大西松子、証人田中七郎の証言によれば、亡大西鍬吉は死亡当時まで約三〇年の間建築金物商を営んでおり、死亡当時の収入は平均して毎月金一四、一六六円(円以下の端数切捨。以下同じ)であり、同人は店舗兼住宅及び宅地を所有していたので、原告等から支給を受けていた食費以外の生計費は毎月平均五、〇〇〇円であるから、毎月九、一六六円の純益があり、原告等は鍬吉の死亡により毎月三、〇〇〇円の食費支給を免かれたこと原告松子は鍬吉の兄の実子であつたが、鍬吉に子供のないところから、一三才頃より鍬吉のもとで養育され、昭和二二年七月同人と養子縁組をなしたもので、鍬吉の死亡当時まで同居していたこと、原告現治は、原告松子と昭和二二年七月婚姻するとともに、鍬吉と養子縁組をなし、同人の死亡当時まで同居していたことが認定される。然らば以下の認定から、原告等は大西鍬吉の前記得べかりし利益の喪失による損害賠償請求権を相続したものであるところ右金額は毎月の純益金九、一六六円より、支給を免かれた金三、〇〇〇円を控除した金六、一六六円の毎月の純益を向後余命年数一三年間にわたり其合計金額金九六一、八九六円を喪失したものと認められ、ホフマン式計算方法により民法所定の年五分の割合による中間利息を控除した現在価格を算出すると、金五八二、九六七円となる。そして、前記認定のような大西鍬吉の過失を斟酌すれば同人の被告に対する得べかりし利益の喪失による損害賠償の額は金四十万円が相当であり之を原告等は相続したものとするのが、相当であり、そのうち原告等は自動車損害賠償保障法による保険によつて金一六四、九六五円を得たから、それを控除した金二三五、〇三五円を二で除した金一一七、五一七円が原告現治、同松子のそれぞれ得べかりし利益に基く請求額である。

また、右の認定事実から考えると原告等が精神的苦痛を受けたことは当然であり、その慰藉料としては、右の事情と、成立に争いのない甲第二、第三、第四、第五号証及び原告大西現治、同大西松子の証言からうかがえる大西鍬吉の年令、職業、地位等の被害者側の事情に加え、前記認定のような塚田仁の過失の程度、及び証人古川栄の証言よりうかがえる被告会社の資産状態等加害者側の事情、更に被害者大西鍬吉の過失の程度を斟酌し、原告現治に対しては金五〇、〇〇〇円、原告松子に対しては金八〇、〇〇〇円とするのが相当であると認められ、そのうち、前記保険によつて控除した残額原告松子に対する三〇、〇〇〇円について原告等は請求権が存すると認められる。

以上を合計すれば、原告現治は金一一七、五一七円、原告松子は金一四七、五一七円の被告会社に対する損害賠償請求権を有すると認定される。

よつて、原告等の請求は右認定の限度で理由があるものと認め、これを認容し、その他を棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九二条本文を、仮執行の宣言について同法第一九六条第一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 池野仁二)

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